後漢
後漢(ごかん)西暦25年~220年は王莽に滅ぼされた前漢を漢王朝の光武帝が再興して立てた。光武帝は、多くの民衆の暴動を吸収して自らの勢力とした。そして民衆の暴動を広めないために地方の軍備を廃止し、傭兵制へと切り替えた。後漢は30代で崩御してしまう皇帝が何人もおり、若くして崩御することから跡継ぎを残さずに亡くなる皇帝も多く、そのために幼少の皇帝が続出した。後漢の三公は太尉(大司馬)・司徒(大司徒)・司空(大司空)であり、それぞれ前漢の太尉・丞相・御史大夫に相当する。また、後漢の人々の間で、各地に現われた怪現象・怪人物が大きな話題になるなど迷信に対する傾倒も強かった。『後漢書』の中でもそれらを取り上げている。天災が天の意思の現れだと言う思想もこの時期に形成されたようである。当初は上流階級の者による趣味の延長のような物に過ぎなかったようだが、社会不安が増してくるにつれて、民衆の中にも信者が増えて教団が作られるまでに至ったらしい。