廃帝弁

廃帝弁(はいていべん)廃帝弁(はいていべん)中国後漢朝の第13代皇帝。(在位173年~190年)少帝弁とも呼ばれ、霊帝と何太后(かこうごう)との間に生まれるが腹違いの弟劉協がおり、これを擁立しようとする宮内の勢力があったため、劉弁母・何皇后はその者らを次々と謀殺した。その後、弘農王に封じられたが、董卓による専制に反発した諸侯による董卓討伐戦が起こった時、反乱軍に擁立されることを怖れた董卓に命じられた李儒によって、長安遷都前に何皇后と共に毒殺され、実質皇帝とは認められなかった。何皇后は何進の妹で細身の美人だった。賄賂を用いて霊帝の後宮に入ると、その美貌を利用し霊帝から寵愛を受ける。ちなみに、劉弁の即位時の年齢が17歳というのは、後漢歴代皇帝の即位時年齢の中で4番目の高齢にあたる。こうした背景には、後漢朝の歴代皇帝がいかに幼く権力のない皇帝ばかりだったかを証明するような話である。