曹丕
曹丕(そうひ)(187年~226年)曹操と卞夫人の子で、魏の文帝。父曹操の勢力を受け継ぎ、後漢献帝から禅譲を受けて魏王朝を開いた。二二〇年に曹操が世を去ると、彼は魏王となり、この年(建安二十五年)年号を改めて延康元年としたが在位は僅か7年だった。魏王となってまもなく、世論の流れが漢から魏への禅譲を望むようなってきたことから、漢帝は大臣高官を集めて協議し、結局は禅譲を行うことに決定した。三国志演義では呉の孫権が臣下の礼をとっていたにも関わらず、夷陵の戦いの後、蜀との同盟を締結した事に激怒し、224年に大軍を率いて出兵した。しかし、呉の将徐盛の機知の前に大敗を喫し赤壁の戦いと同規模の被害を出した。張遼もその戦いの中で戦死したとされているが、これは作られた話だと言われている。226年に風邪をこじらせて肺炎になり、そのまま死去。死に際に、曹真、司馬懿、陳羣らに皇太子の曹叡を託した。