司馬懿
司馬懿(しばい)(179年~251年)は曹操の代から魏に仕えた。後に晋の武帝となる司馬炎の祖父に当たり、代々尚書などの高官を輩出した名門の家柄で、幼い頃から厳格な家風の下に育った。司馬懿は幼い頃から聡明・博学であり、儒教的道徳も兼ね備えていた為、『司馬八達』で最も優れた人物であると評判だった。司馬家の八人の男子は字に全て「達」が付くことから「司馬八達」と呼ばれた。兄の司馬朗と同様に魏に出仕した。息子に司馬師、司馬昭らが居る。正妻は張春華。曹丕が帝位に就いたあとも、曹真、陳羣とともに新帝曹叡の後事を任された。そして蜀軍の補給路の要であった街亭を落とし北伐を頓挫させ、以後も数度の北伐を良く防いだ。251年、王淩らが企てた、楚王曹彪を擁立するクーデターを密告により耳にし、司馬懿は証拠を握ると、王淩を追い込み、降伏させた。王淩は司馬懿が自分を殺すつもりであることを悟り、自殺した。そのクーデターから間もなく、司馬懿は病によって世を去った。73歳であった。中国の三国演義トランプでは、ジョーカーになっているらしい。