カク昭
カク昭(かくしょう)(生没年不詳~229年頃)は、魏の武将で太原郡の人。勇敢な性格と力強さを併せ持ち、若い頃から軍人として曹操に仕えた。河西一帯を十数年かけて治め、民衆も異民族も畏れて服従した。228年12月、諸葛亮は数万の兵を率いてこの地より北伐を開始し、カク昭は曹真の命を厳格に守り、わずかな軍隊で諸葛亮の軍勢を寄せ付けず、頑健に撃退した。その際、カク昭はあの手この手で城を片っ端から潰してまわり、二十日以上も蜀軍を陳倉の地に釘付けにしてしまったため、食糧難に陥り、仕方なく諸葛亮は撤退したという。この戦いぶりを曹叡は非常に喜び、召し返して列侯に封じたと言う。曹叡は彼に期待を寄せていたが間もなくカク昭は病死してしまった。生前、息子に「私は将軍であったが、将軍などなるべきものでは無いと知っている。生きている人間にだけ居場所があるのだ。お前は必ず私が今着ている服のまま埋葬しろ。 ただ生者にのみ居場所があるのであって、死後に居場所などあるはずがあろうか。何処にどうやって埋めるかはお前の好きなようにするがいい」と言い遺したという。