周倉

周倉(しゅうそう)(生没年不詳~219年頃)は、涼州出身で黄巾賊張宝の元配下であるという架空の人物である。伝説がいくつかあり、周倉の足の速さは足の裏にある3本の毛のせいだと言われており、その毛を抜いたところ周倉は早く走れなくなってしまったというものや、周倉を少しでも楽にしてあげようと1日で千里を走る馬を探したところ見つからず、九百里を走る馬が見つかり与えたところ、周倉は九百里を馬に乗って進み、残りの百里は馬を背負い込んで進んだという伝説などがある。架空の人物であることから周倉は正史には登場しないのも特徴である。非常に豪腕な人物とされており、黄巾の賊徒として黄巾の乱に参加したが、後に臥牛山で山賊になってしまう。最後は関羽親子の切り取られた首を見せられ、関羽の側近であった周倉は、耐えられず後を追うように城から飛び降り自殺をしたのである。架空の人物とされているが、湖北省当陽県に墓が建てられているという。